Is here the Sea's Mind?

先々週までは驚くほど静かだった神保町付近ですが,今では暑さに負けじと蝉時雨が響いています。慣れないものだから授業中に気になってしょうがなかった。
鳥取や大阪で体験した夏とはまた全然違う暑さと日差しを体験しています。鳥取の夏はカラカラとしていて太陽も怖いほど降り注いでいた記憶があるのですが、東京では梅雨明けだと言われたのに、いつ雨が降るとも分からない気まぐれな天気が続いています。太陽の光もアスファルトの照り返しも鳥取ほどあっけらかんとしてはいないです。
浅草橋や水道橋から漂う川の匂いは、大阪の中の島で嗅いでいた川の匂いと同じで、自転車を必死に漕いで水都大阪の現場に向かっていた記憶がフラッシュバックしてきます。
都市の川の匂いはもう覚えたという事か。


明日から北海道旅行へ出発します。帰省もしますけど,どちらかというと旅行のウエイトが重そうです。

はじめの目的地は、夕張,三笠,赤平の炭坑跡地、そして岩見沢炭坑センター,江別市の郷土資料館です。学部の時からこの近辺のフィールドワークを綿密にさせてもらっていたのですが,今回は、今在籍している研究室のゼミ生とそして倉石信乃先生でのフィールドワークになります。

その後は、大学の同期生が道央に多く住んでいることもあって2日ほど滞留し彼らに会い、故郷である道南へと下ります。
そしてなんと、旅行の後半である16〜19日ごろには管啓次郎先生のゼミの旅行に同伴させていただいて,釧路湿原のリサーチをしてきます。

道央、道東、それぞれを滞在者の視点で眺めるであろう同行者たちの視点を借りて、私もいつもと違う見方で北海道を観てしまうことになるでしょう。少し楽しみでもあり,気鬱でもあるというところ。
(しかし道南はいまだIntimate Spaceとしてここにある。)


東京滞在もほぼ一年と半年になってしまいました。あっという間。



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かろうじて実家は、そこを離れたメンバーの住む「都市の仮寓」との対比において、特に実家に帰郷するという行為によってその性格を示し始める。しかしそれを注視することを、日本の近代はどこかで回避してきた。つまり日本の近代は、実家を「遠きにありて思ふ」故郷の中心、時間的・空間的に隔たったところにある想起の場所として美化してきたからである。 (p124)




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