「熊の霊と語り合うために」鏡リュウジ

グッドウィンが分析したのはMさんと言う44歳になる女性である。彼女は14歳になるまで、家族から性的いたずらを受け続けていたと言う。Mさんは、 9歳の頃からずっと大きなクマが登場する夢を見続けてきた。
(中略)
夢の分析は続く。Mさんは熊の「意味」を性的虐待者だとか母親だとか限定的に解釈することなく、ユング派の多くの人々がするように分析家とともに、そのイメージと戯れコンタクトを繰り返していった。
この時、この「熊」は、単なる夢の「イメージ」でも、彼女自身の「分身」でもなく、「熊の霊」(The Bear Spirit)とでもいうほかないものとなっていった。(中略)
グッドウィンは、こうした「元型的」イメージには、神経生理学的な基盤がある可能性を強く示唆している。人の脳は、少なくとも五万年はその機能を変えておらず、また都市部に住む子供たちも、暴走する車など現実的な危険よりも、現実には遭遇したことがない野生動物のイメージを恐れ、夢の中にもかなりの頻度で野生動物が現れると言うデータがあることを示している。(P 145-146)

熊の霊を恐るべき友にできたMさんのように、安易に何かに還元することなく、内なる、あるいは星なる熊を生命あるもの(アニミズムの産物としてではなく、アニマルそのものとして、アニマ =魂、霊として)としての地位を貶めずに、僕たちが熊に向かいあえたとき、初めて熊は応えてくれると思うのである。(p148)


『ユリイカ』平成25年9月1日発行 第45巻第12号

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