伊達藍1874-

先日、北海道の伊達市に行ってきました。伊達は「藍染め」「刀鍛冶」というとても和風な感じの伝統というか地域資源があって、それが道の駅で展示されています。
写真は伊達の藍染め工房(「黎明観」内)。数年前から気になっていたのですが、なんとなく近くを通ったので行ってみました。基本は団体客受け入れらしく、人っ子一人居なくて不気味w

伊達が出してるパンフレットを要約すると、伊達の藍の歴史は以下のようになる。
北海道各地で四国出身の移住者によって藍の栽培がはじまった。
伊達は北海道で最も早い明治7年(1874年)から栽培開始。明治22年(最盛期)北海道一の藍生産地になりました。その後、インドやドイツからの安価な輸入品によって藍の価格が下落し、日本全国で藍の生産と国産藍製品が衰退していった。

1857年に東方の網走には漆が移植されていて、伊達の藍のことも気になっていた。
江戸時代末期、いわゆる幕末は北海道の気候分析をきちんとしないままに内地の成功産業を文化ごと輸入する実験がされていたのではないかと私はなんとなく思う。


家族ぐるみでお付き合いしている伊達の手芸屋さんに藍染めの型を貸してただいた事があるのですが、そこの店主じじ様から、伊達にいま藍農家さんは一件しかないと聞いた。
藍は儲からないってんで皆辞めて行ったのだけど、開拓のときに自分の家が守り育ててきた藍の畑を潰す訳にはいかないってことで、売るほど作るでもないのだけど細々と藍を守り続けてきたある農家が結果的に一件だけ伊達に残っていたそうな。それが今や町の伝統あつかいなのだった。不思議なもんだ。

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