2012年度ディジタルコンテンツ系修了制作展公開講評会記録


7月初めに表参道画廊で行なった、修了制作個展『Guide Spot 4 - 「血と剣」』の講評文を掲載します。

批評家の杉田敦さんを会場にお呼びして、講評していただきました。この文章は、明治大学理工学研究科のディジタルコンテンツ系の修了論文と共に研究科へ提出するために頂きました。

また、講評会当日には横浜美術館学芸員の庄司尚子さんにもお越し頂き、コメントいただきました。
お二人とも非常に適確な指摘をくださったと思っています。どうもありがとうございました。セッティングをしていただいた、管啓次郎先生に多大なる感謝を。どうもありがとうございました!

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杉田敦(美術批評家・女子美術大学教授)

 中村絵美の展示『Guide Spot 4 - 「血と剣」』は、作者によれば、日本神話『八岐大蛇神話』の再象徴化をめざしたもので、現代美術などの展示に利用されるホワイトキューブの空間に、テキスト、資料、写真、ドローイングなどがなかば雑然とインストールされ、床面には、粘土状の板が三枚置かれ、そこに刻まれた疵が、いや蛇行する川であり、そして蠢く蛇身でもあるそれが、意味ありげにその姿を晒し、傍らにはまさにそれを刻み込んだ漆塗りの剣が置かれているというものだった。
 確かに彼女の展示空間は、一見するとその目的を果たしているかのように見える。しかし、果たしてそうなのだろうか? 講評という場であったからとはいえ、聞く機会に恵まれた彼女が語る種々の事物や場所、行為を巡るエピソードや、それらに対する拘りや思想は、何ものかのあらためての象徴化などでは決してなく、いままさに初めて象徴化されようとしているものの存在を示しているように感じられる。小さくて独りよがりの、周囲からの言葉に一切耳を傾けようとしないかたくなさと、けれどもそれとは対照的に、小さな出来事やそれらの偶然の組み合わせに対する鋭敏が、奇跡的に手にしようとしているそれは、おそらく作家本人が目指していると公言するものよりもずっと切実かつ重要なものなのではないだろうか。
 もしも、彼女が手にしている、あるいは手にしかけているものの重要さをしっかりと意識化しないまま、コンセプトやインスタレーション、あるいは身振りという点で、現代美術特有のある種の文法に身を染めてしまうというようなことがあるとすれば、それは残念なことだと言わざるをえない。今回の展示は、その危うさを示している。物語を口にすることに対して積極的になれないという作者ではあるが、もしもその言葉を耳にすることがなければ、少なくとも個人的には、コンセプトの設計や展示のマナーをそつなく、そこそこわきまえた表現として、あまりぱっとしない印象を抱いたままその場を後にしたことは間違いない。彼女が、芸術表現という形式においては口ごもろうとする物語こそが語られるべきものなのかもしれない。
 しかしもちろん、問題はあるとしても、そのための可能性が潜在していることは疑いようがない。もちろん、それが認められるようになったとしても、ともすると世界のPC(政治的正当性)への傾斜に抗っているかのような、日本独特のナイーヴさという問題にも直面する必要はあるだろう。だが、問題の表出が決して否定的な意味ばかりを持つものではないということは、あらためて強調しておきたい。
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展示風景
HPにアップしたいのですがなかなか時間取れず……

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